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 「鹿児島県薩摩川内市ではトンボを守るためにブラックバスを1300匹殺したらしい」という記事より。

夏からバス釣りを始めたバッサーの端くれの一人として、ブラックバスにはとても親近感を持っている。バス釣りとは漁獲持ち帰りを目的とした釣りではない。バスと遊ぶための釣りだ。猫じゃらしでネコをなんとか誘って「釣って」喜ぶという感覚だ。釣れば勝負は釣り人の勝ち。またおいでと一緒に遊んでくれたバスはリリースする。無益の殺生はしない。


 私は、バスにもバサーにもなんら嫌な感覚を持ってはいないが、この感覚は何度聞いても理解に苦しむ。
 ルアー釣りの経験がなく見ただけの意見になるが、針で傷つけられたバスはまた無事に生活に帰れるんだろうか。少なくとも猫じゃらしはネコを傷つけはしないと思うんだけど。
 とはいえ、とにかくバスは駆除、と考えているわけではない。ただ単純に在来種保護というだけに外来種を排除するという排他主義には賛成できないからだ。
 というより、どこまでが外来種かなんて線引きのしようがない。稲だって大陸から伝来したものなんだし。
 私は、その湖沼における資源性で判断するくらいで良いのではないか、と思う。芦ノ湖でブラックバスを全て駆除するとなれば、産業が成り立たないだろう。
 問題は、生態系に基づいて醸成されてきた文化だろう。食文化や漁撈文化がブラックバスによって破壊されんとした場合、どのように取り組んでいくべきなのか。
ブラックバスも今や完全に日本の自然の一部だ。多くの若者にとってブラックバスこそが「自然環境」ですらある。

 これはあくまで立場が言わせるものだろうけど、そう考える人がいて、ブラックバスを生業としている人がいるのも事実ということを認識しなければならない。
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